三度目の年越し

  • 2019.12.30 Monday
  • 23:38

 

 

駆け抜けたのか、流されたのか、2019年ももうすぐ暮れようとしている。

 

一年だけを振り返るつもりが、

あれから何年経つんだろうかと指折り記憶を遡る。

 

一昨年の出来事だった。

 

 

気になっていた胸のしこりの正体を暴いてもらおうと、

いや、以前の検査で「これは癌ではありませんよ」と言われた検査結果の再確認をするつもりで病院に行った。

 

「癌ではないと言ったでしょう」と言われてすぐ帰るはずが、

あろうことか「細胞を採って検査させてください」医師はそう言った。

 

 

考えないように考えないように、

乳がんだったらどうしようなんて考えないように。

検査の結果が出るまで長い1週間を過ごした。

 

丁度ひと月前から復活オープンしていたカフェあんな「バミコdeあんな」という屋台村の居場所が支えだった。

 

 

忘れもしない2017年5月29日。

 

検査の結果を聞きに行く日、夕方までいつものようにお店を開けて珈琲を淹れていた。

 

何を考えていたんだろう?

もう何も考えていなかったのだろうか?

病院に行く時間がせまって来る。

なのにまだ覚悟は出来ていなかった。

 

 

 

お客さんが帰ってしまって誰もいなくなった屋台に陽気なスマホの着信音が鳴った。

 

育ててくれた母の親戚で従兄弟のお嫁さんからの電話だった。めずらしい。

育ててくれた母とは、父の2番目の嫁で、2歳頃から中学2年まで育ててくれた人だ。

私は彼女をママと呼び、高校二年でさっちゃんが現れるまで本当の母親だと思っていた。

 

理由あって数年前から縁が切れてしまっていたが、私にとってはやはり母で。

もう80歳を越えているはずである。

父と別れてから家族をもたず子どももいない。

 

独りで暮らしていたからそろそろ病院かどこかの施設のお世話になるお話かと思った。

もしもそうなったときには知らせて欲しい、少しでも何かお手伝いさせて欲しいと伝えてあったから電話をくれたのだと。

 

 

「香ちゃん、マーおばさん、死んでたんだからー」

 

お久しぶりのご挨拶もそこそこに、

何を言っているのか、言われたのか、すぐには理解できなかった。

 

 

孤独死?

 

 

 

 

 

 

どうやって運転して行ったのか、気づいたら病院にいた。

 

医師は検査の結果を、なるべく私が衝撃を受けないように優しく気の毒そうに説明してくれた。

 

「癌かそうじゃないかと言われれば、5段階の3あたりで、どうも疑わしいといいますか、これ以上はうちの病院ではなんとも・・・」

 

 

わかった、わかった、はい、癌ね。

 

センセイワタシイマソレドコロジャナイノデ

 

口には出さないが頭の中はもう癌どころじゃなかった。

 

 

 

ママが死んでた。

 

 

 

「わかりました。大きい病院に行きますからいいです」

 

 

 

 

 

 


海老蔵さんの奥様の闘病生活がテレビで頻繁に放映されているときだった。

 

ママが乳がんの恐怖を全部あの世へ持って行ってくれた。

 

 

 

 

あれから三度目の年越しである。

 

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